~PISA(学習到達度調査)の結果から学ぶべきこと~
塾教育研究会(JKK)代表 皆倉宣之
2005年の首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)の中学受験者数は、少子化が進む中で3年連続して上昇し、約45000人強となり、ほぼ16%台に達し、全小学生の6人に1人が受験したことになる。
そこで、この機会に中学受験に取り組むに当たっての留意点と、来年以降の中学入試で予想される変化などについて述べ、これから受験をお考えの保護者やそのお子さんたちへの応援ならびに助言としたい。
中学受験熱の高まりの原因
先ず、なぜ中学受験がこのように脚光を浴び続けているのだろうか。そのことを解明することによって、望ましい中学受験の在り方について助言が可能となると思われる。
第1は、現行の週5日制や総合学習などいわゆる「ゆとり教育」批判である。このまま公立に依存していたのでは学力低下は避けられないとの危機感がそこにはある。
第2は、昨年の暮れに発表されたOECDのPISA(学習到達度調査)の調査結果において、日本の(学力)順位が下がったという報道である。
第3は、大学入試における合格実績は中高一貫の私立高が高い(→学力が高い)という認識による。
第4は、私立の中には、教育内容のよい学校も多いという判断である。
ほんとうの学力とは
次に、以上私学ブームの背景となる要因をざっと列挙してみたが、これらの中には吟味を要するものもある。その一番手が「学力」とは何かという問題である。もっと正確に言い直せば「真性」学力(「ほんとうの」学力)とは何かということである。これは中学受験ブームの要因の第1~3と関係する。
学力論争でよく取上げられるのが基礎基本ということである。『分数(あるいは小数)もできない大学生』というショッキングなタイトルで始まった学力論争も、突き詰めれば「読み書き算数」ができないといった類のものであった。
しかしながら、PISAの調査結果を念頭において学力を論ずるのであれば、マスコミが騒いでいるようなうわっついた学力観では誤った結果を招きかねない。なぜなら、PISAの調査結果で日本の子どもたちの「読解力」の得点が平均点より低い14位に下がったというのは、日本における読解力のテスト問題とは全く異なる種類の問題を解かされた結果だからである。
すなわち、PISAでは「読解力」を、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力である」と定義している。ここでは、知識を知識として貯蔵することが学力だと捉えがちな日本のある一部の学者や教育関係者や塾関係者ならびに多くの政治家、マスコミなどの学力観を退けて、勉強の目的は効果的に社会に参加するためであるとし、そのためには子どもたち自らが目標を持ち、それを達成する過程で得た知識ならびに自己の可能性をさらに発達させ、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力を獲得すべきであるとする。これが、まさにグローバル化した21世紀を生き抜いていくための学力観、すなわち、「真性」学力(「ほんとうの」学力)に他ならない。
「真性」学力(「ほんとうの」学力)を身につけるには
工業化社会から情報化社会への変化は、「もの」から「情報」への変化である。そこでは、膨大な情報を取捨選択する能力と、それらを管理する能力と、それらを応用して新しいものを創造する能力が要求される。つまり、知識の貯蔵はコンピュータに任せ、各自の目標を達成するために、それをどのように組み合わせ、どのように創造してゆくかという能力が問われるのである。
このことから、各自が一定の目標を持ち、その目標達成のためにはどのような行動(学習)をとればいいのかという、行動のとり方、いいかえれば学習の仕方(学び方)を学ぶ力を身につけることが、最も大切だということがわかってくる。この力があれば、新しい課題に直面しても自分なりの解決方法で対処できるからである。海図無き21世紀の時代に当然に要求される学力である。
学力低下のほんとうの原因は何か
日常冷静に現在の子どもたちの実態を見つめていると、既述したような学力が低下していることは否定できない。しかし、その原因が指導要領の改訂にあるとは即断できない(ちなみに、PISAの調査で一位を占めたフィンランドはまさに日本と同じような総合的学習を採用している。なんと皮肉なことか)。なぜなら、子どもたちに自発的に勉強しようとする意欲が感じられないからである。つまり、能動的に勉強や課題に取り組むのではなく、学校や塾で「教わる」という受動的態度に堕しているからである。目的意識と学習意欲の喪失である。まさに東大の佐藤学教授の言葉通り「学びからの逃走」現象であでる。
この状態で周囲に勧められるままに中学受験に臨むならば、やがて自己決定を迫られた時に困ったことになる。有名大学の多くの教授たちが嘆く一例を挙げると、大学院へ進む学生が増えているが、その実態を短絡的に表現すれば、大学院で何を学ぶかの目標があるのではなく、ただ大学院進学の試験があるからという動機が多いとのこと。試験があれば一生受験するというこの悲劇的な現象の背後には、小学生時代からの受動的な受験勉強を続けてきたということとの関連性が指摘されている。
公立学校の復権なるか
さて、最後に、批判の多い公立学校であるが、それらの批判を受けて建て直しを図りつつある。
1)その一つである公立の中高一貫校については、今年度で107校が全国で開校予定である。もともと進学校を目指すことを否定しているので、それほど話題にならなかったが、都立や千代田区立の中高一貫学校がそれぞれ都民を惹きつける特色を持った内容の学校にしようとしているので、私立中心であった中学受験戦線に大きな変化を及ぼす可能性もある。
ついでに触れておくと、千葉県の公立トップ高校である県立千葉高校に2008年度から併設型の中学校が誕生する。公立の進学トップ校の中高一貫校の創設は全国的にも珍しい。その動向が注目される。
2)都立高校の復権は可能だろうか。今年の大学進学実績を見る限り肯定的な現象が出てきている。すなわち、東大合格者数が西18人、日比谷14人と二桁台になったことである。進学重点校の指定を受けた年に入学した1期生の実績であり、さらに来年受験する生徒は学区制撤廃後の都内全域から入学した生徒達である。もしこれらの好条件下での実績がさらに伸びれば(先ずは東大2桁台達成)、ここでも私立中心であった中学受験戦線に大きな変化が生じることは必至である。