‘03 国語力について’ 一覧

【第二章】1.国語力を身に付けるための国語教育の在り方
2004-02-09

【第二章】1.国語力を身に付けるための国語教育の在り方

【資料 2-1-1】
1.国語教育についての基本的な認識
○国語教育を学校だけでなく、社会全体の課題としてとらえていくことが必要である。
○言葉への信頼を教え、情緒力、論理的思考力、語彙力の育成を図ること大切である。
○国語力の効果的・効率的な向上を目指すには、一人の人間がどのように発達していくのかという観点から、各発達段階で行うべき国語教育を考えることが必要である。
例えば、最近のめざましい脳研究の成果を取り入れて前頭前野の発達段階を踏まえて、次のようにな3段階に分けて考えることも可能である。
1) 生後から3歳までは、前頭前野が急激に成長する時期なので、親子のコミュニケーションを通して、語彙や感性・情緒を育成する[コミュニケーション重視期]。
2) 3歳から小学校の高学年までは、語彙力などの言葉の知識をつかさどる側頭葉や頭頂葉などが成長を続ける時期なので、「読む・書く」の繰り返し練習により、言葉の知識(特に「語彙力」)を確実に身に付けさせることが重要である[基礎作り期]。
3) 中学生以降は、前頭前野が再び急激に成長を始めるので、論理的思考力をはじめ、情緒力、想像力等の総合的な発達を促すことが大切である[発展期]。
4) 発達段階に応じた「国語教育における重点の置き方」をイメージ化すると次のようになる。

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※ 表現力(表す力)は図の「情緒力・想像力「論理的」思考力「語彙力」論理的思考力(考える力)」のすべてに関連するので,図から外してある。

 

1)情緒力、論理的思考力、語彙力の育成を図ること大切だとあるが、問題はそれをどのような方法で行うかである。
例えば、語彙力の育成一つをとっても、その育成方法は容易なことではない。大切なことはわかりきっているのだが、その具体化への方法が見つかっていないというのが現実である。
さらにいえば、「情緒力」というのはどうやったら伸びるのかということである。おそらく、藤原正彦氏の強調された箇所だと思われるが、音楽や美術や体育との関連はどうなっているのか。また、文学的文章の時間を活用せよというのであれば、新指導要領になって文学の時間が減らされてきているのを、どのように考えているのかが不明である。
2)各発達段階で行うべき国語教育を考えることが必要との提言は、脳科学者の川島隆太氏が委員に入っているので大方の予想はつくし、説得力がある。ただし、別の科学的根拠に基づく他の見解はないのかが気がかりではある。

 

【資料 2-1-2】
2.学校における国語教育
(1)基本的な考え方
○国語科はもとより各教科その他の教育活動全体の中で、適切かつ効果的な国語教育が行なわれること、すなわち、国語の教育を学校教育の中核に据えることが重要である。
○発達段階から考えて小学校の国語教育は極めて重要である。この時期に、あらゆる知的活動の基盤となる国語力の基礎をしっかりと築くため、小学校の国語の授業時間を大幅に増やすといった考えも必要となる。
(2)国語科教育の在り方
○情緒力、論理的思考力、思考そのものを支える語彙力を確実に育成することが重要である。
○教科内容を、情緒力の育成を中心とした「文学」(あるいは「読書」)と、論理的思考力等の育成を中とした「言語」という2分野に整理することも検討課題となる。
○授業の中に、演劇や朗読・暗唱をこれまで以上に取り入れたり、小学校段階から音読や暗唱にふさわしい古典の文章にもっと触れたりできるようにすることが大切である。
○小学校6年生までに、常用漢字の大体が読めるよう、振り仮名を活用するなどして、現在の「漢字学習の在り方」について検討することが大切である。
(3)国語科と他教科との関係
○国語力は、理科や社会など、全ての教科で養われるという認識が重要である。特に、「話す・聞く」の指導や、メモやノートを取るなどは、全ての教科でこれまで以上に意識的に行っていくことが必要である。
○子どもたちの国語力を向上させるためには、国語科の教員だけでなく、全ての教員が自らの国語力を高める必要があり、国語力に着目した現職教員の研修等の一層の充実を図ることが大切である。このことは、教員養成をの段階から配慮が必要である。

 

国語力を身に付ける最大の場所と機会は、なんといっても学校教育においてである。そのために国家が責任を持って制度化しているのである。そういう意味では「国語の教育を学校教育の中核に据えることが重要だ」といってるのは、当然のことである。問題は、具体的方法の提示である。大きく二つに分けられる。
一つは、システムの変更(指導要領等の改訂)を迫るもので、「国語の教育を学校教育の中核に据えることが重要である」、「教科内容を、情緒力の育成を中心とした「文学」(あるいは「読書」)と、論理的思考力等の育成を中とした「言語」という2分野に整理すること」、「小学校6年生までに、常用漢字の大体が読めるよう、振り仮名を活用すること」である。特に前者は注目に値する。オランダ等の外国のシステムを参考にしてみるのもいいかもしれない。はたして、週5日制見直しを覚悟して実行する意思があるかどうかが問えあれるだろう。
二つは、単なる努力目標みたいなもので、「国語の力は、理科や社会など、全ての教科で養われるという認識が重要だ」、「全ての教員が自らの国語力を高める必要がある」としている。実効性をどのように担保するかが問われている。

 

【資料2-1-3】
3.家庭や社会における国語教育
(1)基本的な考え方
○家庭や社会の国語教育では、言語環境としてのマスコミの影響を考えていくことが必要である。
○乳幼児の脳の発達には親子のコミュニケーションが最も重要であり、それが子どもの言葉を育て、感性や情緒の育成につながる。
(2)家庭や地域における取り組み等
○家庭や地域で様々な体験を積ませることで、言葉と「社会や事物」との関係を習得していくことも重要である。
○家庭内のコミュニケーションを確保するために[テレビを消す時間]をつくる事や、地域で高齢者と幼児が一緒に行う音読会のような催しを実施することも有効である。
○マスコミの影響力を積極的に活用することも効果的である。

 

確かに言語を要素とする国語は、他の学科と比較して家庭や社会など学校以外の場所とのかかわる度合いが格段に多い。児童期になるまでの最も大事な時期を学校以外、特に家庭で過ごしているわけで、そういう意味では国語力を身に付けるには、家庭の役割は絶大であるといえる。特に、親子間の十分なコミュニケーションが取れるように環境を整えることが重要である。それゆえに、こういった就学前の子どもたちの言葉への取り組みについて具体的に検討すべきである。
例えば、幼稚園や保育所や子育てルーム、それに地域の図書館等での読み聞かせや読書指導など、色々な機関や機会を有効に利用するのも一つの方法である

【第二章】はじめに
2004-02-08

前回では、文科省が最近答申という形で発表した「国語」に関する資料(「これからの時代に求められる国語力について」・「新しい時代における教養教育の在り方について」・「文化を大切にする社会の構築について~一人一人が心豊かに生きる社会を目指して」)を手がかりに、国が考えている国語の重要性と国語力についてまとめてみた。
そこで、今回は、国はその国語力をどのようにして児童や生徒・学生たちに身に付けさせることができると考えているのかを、文化審議会答申 (04/02/03)「これからの時代に求められる国語力について」の後半部分から探ることにする。

【資料 2-0-1】
これからの時代に求められる国語力を身に付けるための方策について
国語力の向上という課題は、基本的には一人一人の個人的な課題であるので、それを達成するためには、何よりも国語の重要性が認識され、国語を大切にしようという意識が国民の間に共有されることが必要である。
このような認識に立った上で、今後、行政が中心となって取り組むべき方策として、特に「国語教育の在り方」」と「読書活動の在り方」という二つの課題が極めて重要であると考えた。
これは、国語力の向上に「国語教育」と「読書活動」が最も有効な手段であり、「望ましい国語力の具体的な目安」として提示した「聞く力・話す力・読む力・書く力」のそれぞれの目標を達成するために欠かせないものだからである。
いうまでもなく「国語教育」と「読書活動」とは密接に関連している。この点を踏まえて、[自ら本に手を伸ばす子どもを育てる]ことを両者の共通の目標として検討を進めてきた。
以下、「国語力を身に付けるための国語教育の在り方」と「国語力を身に付けるための読書活動の在り方」に分けて、その考え方を具体的に示すこととする。

国語力の向上には「国語教育」と「読書活動」が最も有効な手段である、という前提で始まっているが、はたしてそのように言い切れるものかは疑問である。具体的な検証がなされていないからである。とはいえ、教科として国語がある以上、それの充実によって国語力の向上を図るのは当然のことである。問題は、それをどれだけ周辺にまで拡大していけるか、つまり、社会全体の課題としてとらえられるようにできるかである。

【第一章】おわりに
2004-02-07

おわりに

以上の国の国語政策の流れを見ると、最も新しい答申である「これからの時代に求められる国語力について」が、それ以前の答申や法律の制定を念頭においていることがわかる。これは、時間系列的にもそういえるところであるが、それゆえに各々の答申や法律の目的が異なることから生じる曖昧さも感じられる。
答申「新しい時代における教養教育の在り方について」は、「教養」を身につけるうえで国語(力)が重要だといい、答申「文化を大切にする社会の構築について」は、「文化を大切にする心を育てる」うえで国語(力)が重要だといっている。いずれも呼びかける対象者は無限である。すなわち、日本国民に向かって呼びかけている。
これらにたいして、答申「これからの時代に求められる国語力について」は、まさに学校教育を念頭においており、国語力をつけるには国語科の授業の充実と読書活動の推進の二つを取り上げている。読書については、それが国語力の養成にそんなに決め手となるのかは、読書論との関係および国語力とは何かという問題との関係で議論の余地があるが、「子どもの読書活動の推進に関する法律」を援軍とみなしていることは疑いない。この法律を実施するための国および地方公共団体の基本計画では、学校図書館の整備充実が大きな柱となっていることも、この答申のバックボーンとなっているようだ。ただし、先にも触れたがこの法律の狙いは別なところにあるも留意しておくべきだろう。
さて、以上では「国語はどういう意味で、また、どういう場面で重要なのか」ということについて、最近の各種の国の答申その他を通じて国の考えを探ってきた。この国の考えに対して、現場を担当しているわれわれ教師はどのような評価をすべきだろうか。
ただし、このことは国語力の基礎基本とは何かとか、国語(力)の構造をどのようにとらえるべきかとか、さらには国語科で何を教えるのか、といったことと切り離しては考えられないだろう。さらには、入学試験と国語というやっかいな問題もある。次回はこれらのことについて考えてみたい

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