‘02 塾長日記&エッセイ’ 一覧

不思議なお話『月の夜ざらし』考
2004-01-29

気がかりな本

本(作品)を読んでいてどうも不思議な感じのする本だとふと感じられ、数日経ってもその不思議さが忘れられず、いやそれどころか、日を追うごとにますます気がかりになる本というものがあるものです。ここで取り上げる民話(民話といえるのかも問題ですが)『月の夜ざらし』が、私にとってその類の本なのです。
「松谷みよ子さんの編集による民話集の中にある『月の夜ざらし』は、わずか3ペイジほどの短いお話ですが奇妙な迫力があります。夫がわけもなくおぞましく感じられた妻が、占いばあさんの言葉に従って、月の光にさらしてつくった着物を夫に着せると、夫は「夜神」の「お供」となってどこへともなく立ち去る、という話です。この作品についての分析やみなさんのご意見・感想などありましたら、教えて下さい」というメールが、高校教師のOさんからある読み聞かせの会のMLに寄せられました。
実は、わたしもこのお話は以前に民話集の中で読み、類例のない(?)珍しいお話(得体の知れない恐ろしさがある)で、「民話」(あるいは「昔話」)といえるのだろうか、あるいは、内容を分類するとすればどのように分類されるのだろうか、また、どの地方の話なのだろう、何をいわんとしているのだろうか、等々とても不思議に思っていた作品でした。

性格の不一致

先ず、「庄屋の娘が婿どのを迎え、初めのうちはなかむつまじくしていたが、どういうわけか、だんだん婿どのがいやになってきた。どこがどうというわけではないが、一つ、一つ、することが気になって、それはごくつまらぬことのようにあるのだが、気になりだすと、眉をしかめるくせやら、せきばらいをする声さえ気になってくる。なんやら体がむずむずしてくるような、いやさなのだと。」という話の出だしが、読む者にいろいろと興味を抱かせます。
この夫婦の現状を現代に置き換えてみますと、「性格の不一致」という離婚原因に相当し裁判で一件落着というところでしょうが、民話の世界においても、周囲がいろいろと知恵を絞って(その際、こっけいな策略を弄するというように、笑い話的なものになるのでは?)二人をめでたく別れさせる、という展開が通常ではないでしょうか。
しかしながら、「月の光が青白く照っている晩に、夫は妻の前を細い細い声で、”月の夜ざらし知らで着て、今は夜神の供をする”、こう唱えて、またフワリフワリと闇の中へ消えて行ってしまった」というこの話の結末からは、妻が夫をどうしても好きになれない、いや、体がむずむずしてくるようないやさは、尋常ではないことを暗示しているとしか思えません。
婚姻譚
民話には、婚姻譚というジャンルの話が豊富にありますが、その際相手が動物というのが多く見受けられ、最後にはその正体が判明します。しかし、『雪女』の場合のように動物以外の場合もあり、こちらの方が怖さを漂わせてくれるようです。このように考えますと、『月の夜ざらし』は後者の部類に入るでしょうが、問題はその正体がはっきりしないことです。
もともと夜神のお供だったと考えるのが正解かなともいえますし(だけど平凡過ぎる?)、いや、夜ざらしを着せられたからそうなってしまったのだ、とも解釈できないことはない?
ということで、まだまだこのお話の課題は私に残されたままです。
なお、紙面の関係で、図書館で調べた以下の資料をご参考までにあげておきます。
1) 「読んであげたいおはなし~松谷みよ子の民話(下巻)」(筑摩書房)
2) 「定本・日本の民話(第12巻~佐渡の民話・第1集、第2集)」(未来社)
3) 「いまに語りつぐ日本の民話集(全12巻)笑い話・世間話(1)([因果応報譚)ふしぎなめぐりあわせ」(作品社)
4) 「日本昔ばなし100話」(日本民話の会編・国土社)
[注] 2)によりますと、民話が豊富な佐渡の、国仲(中央部)地方の話だそうです。第1集は編者の佐渡在住の浜口一夫さんが1959年に出版されたものを、2002年に第2集を追加されて未来社から出版されたもの。話の末尾に「はなし鈴木■三「佐渡島昔話集」とあります。
3)によりますと、話の末尾に「新潟県佐渡 長谷川玉江採集」とあり、巻末の出展一覧表には、「新潟県佐渡島昔話集」鈴木■三 三省堂1973年とあります。なお、「日本昔話大成」(角川書店)。
4)によりますと、“かなしくなる話”に入っていて、佐渡島のみに伝えられている珍しい話(他の昔話は全国で類話を見つけることが出来る)である、と書かれています。

時代の変化と塾教育の多様性
2004-01-07

塾教育研究会(JKK)代表 皆倉宣之
首都圏の塾長たちが中心となって結成されている塾教育研究会(JKK)では、このほど15年振りに「塾教育レポート」の2001年版を刊行した。
会の発足当時、臨教審の中間報告が次々に発表されていたが、そこでの学習塾の捉え方が進学塾と補習塾という極めて一面的で通俗的なものであり、全然学習塾の実態を正確に反映したものではなかった。そこで、臨教審やマスコミや行政への啓蒙を行うために、学習塾の実態を洗い直し、いわゆる地域密着型の中小の学習塾がどのような教育を実践しているかを102のタイプにまとめて、「塾教育レポート」という形で発表したのである。
このレポートから浮かび上がってきた塾教育の特徴は、
(1)子どもや親の要望に応えるために新しいことに取り組む先駆性
(2)それらの様々な要望に直ちに応える即応性
(3)学校のように法令にとらわれない柔軟性
(4)各塾がそれぞれ独自のシステムと教授内容・方法とをもって教育を実践する多様性
という4点であった。そして、これらは今も脈々と生き続け進化しつつある。
しかしながら、その後今日までの15年という年月の経過は、塾教育に対しても大きな変化をもたらしている。すなわち、15年前の塾の授業風景はといえば、どの塾も一クラス10人から30人の一斉授業で、多量の宿題と夜更けまでの居残り勉強、五教科型、月例テスト、成績順位の張りだし、テストごとのクラス替えといった、いわばスパルタ型が主流であった。
ところが、今回では、これらの主要な部分が悉く姿を消し、代わって小人数制、さらには個別指導へ、宿題の縮減と居残りの廃止、単科主義、成績張りだしの廃止といった傾向になりつつある。さらに、DVD、ビデオ、パソコンといった教育機器の導入、NIEや総合的な学習の導入、野外体験活動、不登校児や中途退学者を受け入れるためのフリースクールの開設、インターネットや携帯電話や衛星放送を利用しての遠隔授業の導入等々、塾の個性化・多様化はますます進行しつつある。
しかし、近年階層格差が広がりつつあるといわれるわが国において、機会の平等が不十分な状態で塾が市場主義経済の原理に依拠している以上、結果の不平等を拡大させる危険性のあることに充分な注意を払う必要がある。

劇「『ラ・ソヴァージュ』ノンという女」を観て・・・(1)
2004-01-07

幸福な人たちは 何も知らない。ほんとうの幸福って何なの?
~一人のヒロインが自分の根源的な生き方をを見出す話~
【プロローグ】
今日は、4月12日。正午にJR浜松町駅に着く。予定よりも1時間も早い。わたしにしては、とてもめずらしいことだ。そこで、目的地への途中にある「旧浜離宮庭園」に立ち寄り、30分ほどの散策。ここは、想いでの地でもある。以前は、この近くに東京都の職員研修所があり、色々な研修を受けに来たものだった。都の行政マンとしての研修であったが、そのたんびに昼休みには、この庭園でくつろいだのだった。それらのことどもが多少は頭をよぎりながら、庭園の半分を占めるであろう池を巡った。
そのあと、竹芝桟橋まで足をのばして、いつか行ってみたいと常々思っている、八丈島や小笠原行きの船を見に行く。「かめりあ丸」という船が停泊していた。この船の名前を見て、ふと笑いがこみ上げてきた。小さいころ、字を覚え始めた時に、「カリメア」と声を張り上げてよんでいたら、姉にそれはアメリカと読むんだよ(ヤヤ(・_・;!八)と、注意されたことを想い出したから。こっちとしては、意味など眼中にはなく、ただただアイウエオが読めれば、それだけでいままでとは異なった、なにか一段と大人に近付いたような、そんな気分になれたのがうれしかっただけだったのである。左から読もうが、右から読もうが、どっちだっていいじゃないか、というのが本音だった。縦書きには慣れていたが、横書きではねエ。
さて、そろそろ、目的地へ行かないと、今日の目的が果たせなくなってしまう。目指すは、「四季劇場『秋』」(Theatred’Automne)。都立芝商業高校の隣りにある。ここには、もう一つ『春』(TheatredePritemps)があり、ちょうど「ライオンキング」を上演中だった(道理で、子ども連れが多いと思った)。

 

劇作家「ジャン・アヌイ(JeanAnouith)」について
わたしの目指したのは、『秋』で、そこで3月25日から明日(13日)まで劇団四季が上演中のジャン・アヌイ作「ラ・ソヴァージュ(LaSauvage) ノンという女」であった。
アヌイは、1910年生まれのフランスの劇作家であり、カミュやサルトルらと一緒に、「不条理の演劇」というレッテルをはられたこともある。彼の作品は、劇団四季が得意とするもので、これまでに有名なのは、「ユリディス(正式には「愛の条件 オルフェとユリディス」と、「アンチゴーヌ」である。特に後者は、「今日私は全てを信じたいの。それが私の幼かった時のように、美しくあってくれることを。でなければ死にたいわ」と、純潔か死かの選択を迫られたアンチゴーヌの叫びが、観客の心をとらえて有名となった作品。わたしもかなり以前に(若かりしころ?)観て、数人でおおいに議論したことがある。

 

わたしにとって幻の演劇「ラ・ソヴァージュ 野生の女」

ところが、今日の「ラ・ソヴァージュ」は、わたしにとって、それはそれは幻の作品といった趣のある作品だったのである。いかなる意味においてか。

この作品は、劇団四季が、今回で3回目の上演となる。第一回が1955年で、音楽を武満徹が担当(今回の音楽もそれをそのまま使用。ピアノの調べが優しく寂しく場内を包み込む)、第二回目が1969年。だから、今回は31年ぶりの再演となるわけである。なんと、この31年間の長かったことだろう!

1969年、全共闘運動も、終焉を迎えようとしていた時期である。わたしは、この劇の切符を買っていたものの、闘争は急を告げていた。東大安田講堂の立てこもり(東大入試は、史上初の中止となった)、新宿駅構内での闘争(いわゆ新宿騒擾事件)、同じく東京駅から有楽町駅へかけての線路封鎖事件等々。

わたしは、勤めが5時に終わるのを待ちかねるようにして、毎日、学生たちと行動を共にしていた。学生時代の同僚や先輩たちが、大学院や大学の助手として闘っているのを手をこまねいていることができなかったのと、役人としての自分に引け目を感じていたからである。もし、警察に捕まれば、懲戒免職は必至という状況下にありながらも、その方がかえってすっきりしていいという気持ちも強かった(ただ、ブレーキの一つは、母親を二度と泣かせたくないということがあった。とはいえ、いずれ泣かせることになったのには違いないのだが)。

買った切符で、観劇に行くべきか、それとも、大学の支援に行くべきか。その日になっても、5時の退庁時間まで決めかねていた。都市センターホールへ足が向けば、テレーズ(この劇のヒロイン)に会える。本郷へ向かえば・・・会えない。結果は、後者であった。そのときには、5年もすれば再演があるだろうとの、希望的観測も脳裏にはあったからである。それが、31年も待たされようとは!というわけで、去る二月11日の新聞に、「明日から前売り開始」の広告を見つけたときの驚き。そう、喜びではなく、驚きだった。こちらが忘れかけようとしている時に、突然の再演、いや「再会」だったから。

翌朝、10時を待ちかねるようにして、ウイークデイマチネーの今日の予約に成功して、やっとのことで、今日、「幻の恋人」との再会が成就した次第

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